2016年10月

今年も天候に恵まれた「富山マラソン」。

今回は、大阪マラソンと日程が重なったため、県外ランナーの参加者が昨年に比べ600人ほど減少したものの、全てのカテゴリーで昨年より700人ほど増加した1万4700人が大会に参加。

昨年、とやどこでの「富山マラソン2015」のエントリーが、思いのほか当ブログにおける「おわら」「べるもんた」と並ぶ人気エントリーとなってなっていたため、今年もマラソンが苦手ないち富山ケンミンの視点から「富山マラソン2016」をまとめてみました。

まずは、大会前に予想外に降りかかった珍事から。

「全国的に有名」になったあの富山市議会の補選の告示日が、富山マラソン2016の開催日である10月30日にバッティング。富山市の中心地で交通規制が敷かれる中、どう有権者にアピールするか、各陣営の頭が痛い問題となっていたようです。


大会開始前、ボランティアのミーティング。青いコートの背面ロゴは手を繋いで走るランナーのモチーフに。参加ランナー1万4700人に対して、ボランティアの総数は4500人!まさに、万全の体制で臨みます。


こちら、スタート前の屋上カメラ、スタート位置がいくつかのブロックに分かれており、後ろの方のブロックだと、実際にスタート出来るのは号砲の7分後とかになるケースも。


1万人以上のランナーがスタートを待ちわびます。


スターターは、つい1週間前に知事として再選を決めたばかり、昨年に引き続き大会委員長も務める石井富山県知事。


午前9時、富山マラソン2016がスタート!

今年も、地元ケーブルテレビ局が、完全生中継。この新聞の配送トラックを、急遽中継車に仕立ててしまうあたり、東京のテレビ局には真似出来ない芸当です。


スタートして直後、ランナーたちは古城公園までのつきあたり200mを直進。


つきあたりの古城公園北口交差点を左折してから、古城公園の外郭を1周するようなコースで高岡大仏前を目指します。


高岡市の南部にある赤祖父交差点手前で折り返します。


富山マラソンの最大の見どころは、ここ新湊大橋。


ここだけ走れるショートコースがあったら絶対に走りたい。


見どころだけじゃありません、富山マラソンの最大の難所と言われているのが、新湊大橋をぬけて富山市街地に入る前まで続く田園地帯。写真はTwitterからのものですが、とにかく単調な風景が続き応援も少ないので心が折れそうになるとのこと。


今年の逆転劇は、ゴールまで2kmくらいの市電の新富町電停付近で起きました。ここで、富山県入善町のランナー大野颯(赤いビブス)さんがトップに浮上。


 (c)BBT

大野さんが、そのままゴールテープを切りました。

女子の部優勝は、
 (c)BBT

東京都の廣瀬 光子さん。東京都の陸連に所属されている方とのこと。

今回は、地元紙が参加者全員の名前を紙面に載せるという粋な演出を。特に、県外ランナーの方にとってはいい思い出になったのではないでしょうか。

1万4700人が晩秋の越志路を駆け抜けた、富山マラソン2016。

来年度は、お隣石川県で開かれる「金沢マラソン」と同日に開催されることが決定しています。




先月で開業1年半を迎えた北陸新幹線。

今月から車内販売に、あの「幸の小分け」シリーズでも1番人気のホタルイカの素干しが登場。

そんな中、とやどこでは、まだネットやテレビで晒されていない、北陸新幹線を巡るトリビアを3つ紹介したいと思います。

1.そもそも富山県内では、北陸新幹線反対派が多かった。

写真は1983年の北日本新聞から。

1982年に北陸新幹線の富山県内ルートが公表されると、特に通過地なる県内山間寄りの住宅地や農家から、反対運動が噴出。多くは、騒音や農業への影響を考慮してのことだと思われます。

当時の県民会館で行われた住民説明会では、新幹線絶対反対の横断幕をかかげようとる人も。

中には、当時の知事である「中沖さんちの玄関横に通せばいい。」という怒号もあったそうです。

他にも、北陸本線が「廃止」になるという噂が流れ、「北陸新幹線よりも生活の足を!」という看板があちこちに立っていたような記憶もあります。

2.魚津ー糸魚川間は、開業の20年以上前から着工が始まっていた。

写真は1993年の北日本新聞から。

これはトンネルが多く難工事が予想された同区間を先に着工することで、「既成事実」を作り上げようということだったようです。

驚きなのは、この時点で糸魚川から先の長野までの区間は具体的工事計画が全く定まっていない状態だったということです。

公表された計画では、先に同区間を新幹線規格で作って、ほくほく線からの特急を暫定的に走らせるという内容だったようですが、これは、ミスターオリンピックである森「元」がどこかのインタビューで答えていたように、工事予算をつけるための方便だったようです。

そんな工事計画の名残が、糸魚川市青海地区の北陸新幹線高架に残っています。高架の右側(黒部宇奈月温泉駅方面)と左側(糸魚川駅方面)で、コンクリートの色合いが明らかに異なっています。

公表された計画では、この場所から在来線の北陸本線に接続しようとしていたようです。

現在のとき鉄は、先程の場所からすぐに北陸新幹線をアンダークロス。その場所には「信号所」用に取得された用地が。

糸魚川市街を走る北陸新幹線の高架は、まだまだ新しいコンクリート色です。

森「元」氏は、「新幹線とは政治だ!」と公言されていますが、まさにそんな大人の事情から作られた北陸新幹線先行工事区間でした。

3.富山駅の発車メロディは、開業前にある映画のエンディングで使われていた!?


富山駅の新幹線メロディは、小杉町出身の元CBSソニーの音楽ディレクター須藤晃氏の作曲。

しかし、この発車メロディと全く同じフレーズがある映画のエンディングに流れているのです。

映画のタイトルは、
「復活 尾崎豊 横浜アリーナ 1991.5.20」


タイトルからもわかるように、あの伝説のカリスマ、尾崎豊氏の最期のライブをドキュメンタリーで追ったものです。

その映画のエンディングで、富山駅の発車メロディと同じフレーズの曲が流れるのです。

この映画の公開は2012年、北陸新幹線開業の3年前です。

映画でのエンディングの作曲者名を見ると、TOMI YO氏。まさか、須藤氏がこのTOMI YO氏の作品を盗作?と驚きましたが、何と、このTOMI YO氏、実は須藤晃氏の実の息子。

実際は息子さんの作品を、知名度があるということで、須藤晃作曲名義で公表されたようです。
(TOMI YO氏自身が、ツィートで「あれ、実は俺の作曲」と認めていらっしゃいます。)

北陸新幹線と尾崎豊、まさに、不思議なつながりです。

以上、北陸新幹線開業1年半記念トリビアでした。



ジブリの記録を塗り替えた映画「君の名は?」。その舞台の一つが富山のお隣である岐阜県の飛騨古川であることは、広く知られたこととなった訳ですが、

では、この飛騨古川、一体「何市?」と聞かれて答えられる人は少ないのでは?

飛騨古川市? 違います。 あの日本一広い「市」である、高山市? もちろん、違います。正確には、旧古川町が周辺の町と平成の大合併で一緒になり、今は飛騨市の中心部を構成しています。

この飛騨古川、とても素敵な街なのですが、JRに乗ったら15分ほどの距離に、あの外国人観光客にも有名になった「飛騨高山」が位置しています。

東名阪からの従来の観光客にとって、この飛騨「古川」は、飛騨「高山」の向こう側にある訳なので、観光客の動線を考えると、観光地としての飛騨古川は圧倒的に不利。名古屋からの特急「ひだ」も、半数が高山どまり。東京からの高速バスに至っては、高山の7往復に対して古川は1往復と圧倒的な差をつけらています。

しかし、この飛騨古川、「君の名は?」でブレイクする遥か前から、地道に観光客にアピールを続けていました。

まずは、飛騨古川駅横の大型無料駐車場は基本中の基本として、商店の軒下には休憩用のベンチが設置され、中には無料のお茶まで出してくれる店も。

そして、ここからが、飛騨古川の本領発揮、いろんなお店で、そのお店の方々が口々に「高山と違った魅力がある街ですよ、古川は。」と、アピール。その言葉からは、飛騨地域の本当の姿は古川に有りという矜持を感じることができます。

実際に、高山の町が賑わいを売りとするならば、この古川という街はわびさび的な静を売りだと感じることができます。

街の中を縦横に走る水路の水の音が、その静を一層際立てているかのようです。

もちろん、飛騨名物である五平餅もありますし、

何か、懐かしい赤いポストがある食堂もあります。

そして、素敵な街には欠かせない造り酒屋だって。

しかし、飛騨古川の街で一番好きなのは、年に一回の盆踊りの夜。ポルトガルのファドを思わせるような郷愁を感じさせる曲が、町内に響き渡ります。

この日は、会場となっている神社もいいですが、少し離れた水路の横で、遠くから聞こえる曲に耳を傾けるのも、すごく風情があります。

もちろん、観光客の数も高山や越中八尾と違いそれほど多くないので、本当に自分の時間を過ごせます。

と、ここまでは、前ふりで、わが富山県にも、この飛騨古川と同じように、大観光地と隣接している街があります。

最近、自らもアピールして始めて来た、富山県高岡市がそれで、北陸新幹線で金沢から13分。

それだけではありません、
県都である富山市からは、北陸新幹線で8分、

まさに二面楚歌状態の高岡市。

最近、高橋市長はかがやきの新高岡駅停車にこだわる余り、新高岡駅を中心としたPR作戦に終始されていますが、いささか、首都圏を中心とした観光客にはリーチしていないように感じます。

高岡の宝の山は、元祖高岡駅から北側に広がる、旧市街にあるのではと思います

路面電車が走るような規模の街にであるにもかかわらず、

こんな昭和初期の建物が残っていたり、

大正ロマンな洋風建築があったり、

もちろん、町家もあります。

明治、大正、昭和ときて、最後は、

このように、未来の世界もあります!

まあ、最後のは冗談ですが、歴史的な街並みは富山市街には皆無ですし、金沢と違って高岡は日常生活の一部として、歴史的建築物がある訳ですよね。

さらに、新高岡駅から最新のEW7系を降りたら、徒歩で名刹瑞龍寺に行けます。

つまり、EW7系を含めたら、高岡には江戸、明治、大正、昭和、平成、未来と6つの時代ものが一堂に揃っているわけで、これ、金沢や富山にはない魅力です。

さらに、万葉線に乗って終点に向かうと、そこにはさらにディープな昭和が。

新高岡駅という点ではなく、新高岡から金屋町まで含めた面という視点で戦略を立てられたら、まさに北陸の飛騨古川になるでしょう。そのためには、早急に元祖高岡駅と新高岡駅の「最後の1マイル」問題をなんとかしなければいけません。

 と、色々書き連ねましたが、高岡が飛騨古川のようになるには、それこそ高岡の方々一人一人が商都としての矜持を持って観光客のみなさんに高岡をアピールするのが一番大事なのかもしれません。

最後に、新海監督、次作は高岡でいかがですか?







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