北陸新幹線の金沢延伸と同時に開業したあいの風とやま鉄道ですが、多少運賃が値上がりしたものの、車両も新しくなり運行頻度も上がったため、沿線住民の方は概ね満足されている様子です。

しかし、そんな新車両にも利便性にも全く縁がない駅が存在します。それが、あいの風とやま鉄道の越中宮崎駅です。この駅に行くには、朝夕の一部の列車を除いて、お隣の泊駅から「えちごトキめき鉄道」の車両に乗り換えなけれないけません。当然、越中宮崎駅も泊駅もトキ鉄との境界駅でなく、れっきとした「あいの風とやま鉄道」の途中駅です。おそらく、交直の電流切り替えと、境界駅である市振駅の設備を考慮してこのような運用になったことだと思いますが、いずれにせよ越中宮崎駅は自社の車両が一日に二往復しか来ない、あいの風とやま鉄道一の「秘境駅」になってしまいました。

そんな秘境駅に、この地の名物であるタラ汁を食べに行ってきました。

トキ鉄に乗って「あいの風とやま鉄道」越中宮崎駅に到着。

こちらが駅舎全景。一応、駅前には駐車場完備です。

無人駅ですがSuica対応済みです。(あいの風とやま鉄道では、JR西日本との関係でIcocaの名称を用いてます。)

こちらが駅舎を背にした駅前の風景。日本海までは徒歩30秒です。まだ、自動車が普及していないころ、富山県の各地から国鉄に乗って多くの海水浴客がこの駅を訪れました。

この日は春の嵐の日本海。人出はほとんどありません。

お店を目指して、直線の線路沿いを新潟方向へ向かいます。これだけの直線なら(今となっては)往時の「はくたか」も、全力疾走で日本海の横を駆け抜けたことでしょう。

この辺りには多くのカニを売るお店も見かけます。そして、山肌に重なるガスが秘境感を演出してくれます。

途中の踏切を渡ります。それにしても、この見渡す限りの直線ぶり。もう一度、「スノーラビット」がこの直線を全力疾走する勇姿を見てみたいものです。

踏切脇に、大型トラックも止まるドライブインを発見します。

ここが今回の目的地、鍋でタラ汁が出る店、栄食堂さんです。窓越しに大量の鍋があるのがわかります。

店内は、古き良き昭和の時間が流れています。

そして、こちらが越中宮崎駅がある宮崎境海岸あたりのドライブインの定番スタイル「ネタケース」。客は、このネタケースの中から思い思いの刺身、煮物、揚げ物等の小鉢をセルフで取って行きます。

今日はネタケースの中から煮豚(税抜500円)を芋焼酎のお湯割りで楽しみながら、タラ汁を待つことにします。生の芋焼酎ワンカップが税込400円弱というのも嬉しいです。

そして、鍋登場!

オープンザふた!見た目は良くないですが、ふたを開けた瞬間、白味噌と生姜の良い香りが漂います。

皿に取り分けて、七味をかけていただきます。タラのアラと白味噌が絶妙に絡み合い、極上のスープを作り出しています。

この日は肌寒い日でしたが、タラ汁を食べていくうちに身体中から汗が吹き出してきました。さすが、ハマから上がった男たちの冷えた身体を温めてきた漁師料理だけのことはあります。

ここまで来ると止まりません。胃袋の限界を承知で、玉子丼(税抜400円)もいただきます。漁師や長距離ドライバーを満足させてきた、ガッツリとした味付け。ここ宮崎境海岸は、漁師と長距離ドライバーが支えてきた町、あの頃の味が今でも受け継がれています。そこで、

とやどこからの提案

越中宮崎駅で国道ドライブインの味で温まろう!

昭和の最初、宮崎境海岸はタラ漁で栄えました。さらに、高度経済成長期、北陸の大動脈である国道8号線がこの地を通ると、仕事途中の長距離ドライバーが海の幸を求めてこの地に立ち寄るようになり、宮崎境海岸は一大ドライブイン街となりました。8号線沿いは多くのタラ汁の看板を掲げたドライブインがひしめき合い、駐車場は大型トラックであふれんばかりとなりました。

今でも、この周辺にタラ汁の店が多いのはそのころの名残です。

その後、平成の世に入り全通した北陸自動車道が、このドライブイン街に大きな打撃を与えます。長距離トラックの多くが、高速道路でこの地を素通りするようになってしまったのです。さらには、交通法規を巡る世間の情勢がトラッカーの愉しみであるドライブインを許容しなくなってきたことが、追い討ちをかけます。国道沿いに多くあったドライブインが閉店を余儀なくされました。

しかし、タラ汁は地元新川地区では郷土料理として根付いており、現在でも地元の方を中心としたファンが宮崎境海岸のドライブインの常連としてこの地に通われています。そのお陰もあって、あの頃の国道ドライブインの味が現在に受け継がれています。

かつて、漁師とトラッカーの身体を温め続けてきたタラ汁、寒くなったら是非温まりにいらしてはいかがでしょうか。

(追伸)
ほろ酔い気分で越中宮崎駅までの帰りがけ、北陸新幹線がまだ夢の途中だったころの看板を発見。
実は、この場所には北陸新幹線の朝日トンネルの工事事務所が設置されていたのです。全長7500mの朝日トンネルは、その一部がフォッサマグナの下を通っており、工期の大半がそのフォッサマグナ部分の4500mにかかった難工事区間。
海と陸の男たちを温めてきたタラ汁は、フォッサマグナと戦うトンネルマンの身体も温めてきました。