路面電車の「駅シタ」乗り入れが何かと話題の北陸新幹線富山駅ですが、実は同じ富山県内にそれより一年も早く路面電車の「駅シタ」乗り入れを実現した場所があります。それは、JR高岡駅。富山県の西部地区の中心都市である高岡市の最寄り駅です。北陸新幹線開業後は玄関口としての機能を新高岡駅に譲りましたが、市の中心部の顔としての機能は健在です。

そんな高岡の路面電車の旅を、北陸新幹線開業前の昨夏に楽しんできました。今回は新高岡駅で新幹線から降りて城端線を乗り継ぎ高岡駅で路面電車に乗り込むという形に再構成してお届けします。


「北陸新幹線」新高岡駅ではくたかを見送ります。 


真新しいコンコースを抜けていきます。


途中あのアロンアルファの広告が。

正面口を出て右手にあるのが「JR城端線」の新高岡駅。


駅名票の隣駅はもちろん、「金沢」「富山」ではなく高岡駅と二塚駅。 



駅で待ち構えていたのがこのハットリくん列車。高岡市はあの藤子不二雄氏を生んだ場所なのです。しかし、E7系の直後に乗ったせいもありますが、このキハのスピード感のなさには驚きます。 北陸新幹線の全ての駅の2次交通の「鉄道」の中で最もスピード感がないかもしれません。大糸線のキハはそれなりにパワーがありました。新黒部駅の「ちてつ」だってもっと速く感じました。(富山駅の「市電」は軌道なので除きます。)

天井にもハットリ君が。その横には軽井沢の広告が。


(ここからは昨夏の模様です。)城端線に3分も揺られると、JR高岡駅に到着。駅南口からは瑞龍寺に行けます。瑞龍寺は新旧の高岡駅に挟まれる場所に位置しています。路面電車の乗り場は北口の階段を下ります。


駅ビルの真下にあるのが路面電車「万葉線」の高岡駅です。歌人の大伴家持が越中守として赴任したことから名付けられた万葉線、かつては地元の加越能鉄道という会社が運営していましたが、現在ではいわゆる3セクのその名も「万葉線株式会社」が運営してしています。
http://www.manyosen.co.jp/


今回は、このレトロな電車で終点の越の潟まで行ってみます。 


こちらが車内の様子です。シートや窓の雰囲気が完全に1960年代です。撮影時は夏ですが、窓が開いているのはクーラーなんてものはついてないからです。まさに、60年代の軌道の雰囲気を肌で感じることができます。

高岡駅を出てからは高岡の市街地を行きます。

途中こんな電車とすれ違いました。道路上の青いペイントは「電車乗り場」を示しています。これが万葉線スタイル。

今度は80年代テイストなコカコーラペイント電車。

市街地を出てからは工場群を抜けながら、単線の専用軌道を走ります。

これが懐かしさを感じる万葉線の運賃箱です。当然、SuicaやPasmoは使えません。

途中、旧新湊地区の住宅街で新型車と交換。

その後、専用橋で庄川を渡ります。橋の幅が狭いので、電車ごと川の中に落ちそうな感覚に陥ります。

乗ってきた電車を降りて、今度はホーム上からの風景です。旧新湊地区の住宅の軒をかすめるように電車は終点へ向かいます。

そして終点の越の潟駅に到着です。かつてここには「越の潟」という小さな漁港があり、万葉線は港の上に橋をかけて向こう岸に渡っていました。ところが、高度経済成長期にこの漁港が大きな産業港(富山新港)として生まれる変わることとなり、万葉線もここが終着駅となったのです。

電車が去った後の越の潟駅は、本当にのどかな風景が広がります。後ろに見える大きな高架は、最近完成した新湊大橋。半世紀ぶりに、越の潟が向こう岸とつながりました。越の潟を結んだ新旧の組み合わせ。

駅の真横には、越の潟分断後、半世紀に渡って港を結んできた渡しの乗り場が。看板や建物のなど全てが60年代そのもです。そこで、

とやどこからの提案

新高岡駅からキハに乗って本当の昭和を感じに行こう!

城端線のキハは洗練さスピード感とも全くなく、昭和のローカル線の風情を漂わせていますが、万葉線も負けてはいません。うるさいモーター音、手押し式の料金箱、灰色のトタン板の工場群、無人の停留所を遊び場にする子供達。決して美しい風景ではありません。しかし、そこにあったのはかつて昭和の時代に日本のあちこちに見られた風景です。まさに、万葉線は今流行りのLRTなどでは決してなく、その風景も含めてチンチン電車そのものなのです。

最新のE7系から、すぐにキハとチンチン電車で体験できる昭和。国宝瑞龍寺だけではない、伝統の街高岡が誇る「文化財」です。

尚、そんな高岡の昭和ツアー、ご利用には1000円で万葉線が乗り放題で、なおかつ海王丸の入場券までついてくるセットクーポンがオススメです。