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今年、全国的に別の意味で「知名度」を上げてしまった富山市議会。

そんな富山市議会のトホホぶりが世間に明らかになる端緒を作った1つが、富山県内シェアNO1を誇る県紙、北日本新聞社なのですが、そんな北日本新聞社の奮闘ぶりが、あのセンテンススプンリングの総本家たる月刊文藝春秋の12月号に掲載されています。

この記事を読んで印象に残ったのは、当初は取材を担当していた記者誰もが、あの「辞職ドミノ」につながるとは思っていなかったという点です。

実は、イチ富山シミンたるとやどこ管理人自身も、「きっかけ」となった記事を読んだ以降、まさか、こんな大事になるとは思っていませんでした。

そんな「きっかけ」となる記事が掲載されてから、「辞職ドミノ」が発生するまで2ヶ月以上の時間が流れていて、その間、様々なニュースが流れ、すっかり印象が薄れていたというのが本音です。

先述の文藝春秋の特集からは、イベントが目白押しで多忙の中、粘り強く取材を続けていた北日本新聞社の記者の姿がよく伝わって来ました。

正直、今までは富山県内の市町村の単なる御用新聞としてしか見ていなかった北日本新聞、ところがわっしょい、エッジな部分に切り込んで、富山ケンミン並びに富山シミンの溜飲を下げてくれたこの富山市安住町にある地方紙への尊敬と、自らの県紙に対する認識の甘さの自省の念も込めて、北日本新聞社の145日間をまとめwikiしてみました。

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6月9日、まずは市議会の議事録をもとに作成した議員報酬の月額10万円増額案の全貌を紹介。

この記事が掲載された当日、同社は議員報酬の増額案について、富山市議会議員への直接取材を予定していたのですが、その時に、全富山シミン及び富山ケンミンの怒りを買う事件が発生。


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まさか、別の議員を取材中の同社女性記者から、自民党会派の会長が取材メモを強奪。この事件は当日の在富のテレビ局各社の夕方のニュースでも取り上げられたため、北日本新聞社以外の在富マスコミ各社にも、議員報酬増額に対する批判のメール、電話が殺到、奇しくも中川氏の取材妨害がケンミン及びシミンの議員報酬増額問題への関心に火を付けることとなりました。

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しかし、この時は誰も(おそらく、北日本新聞社の記者ですらも)、この中川氏の名前が、これから二ヶ月後に、県内どころか全国ニュースで話題にあがろうとは思っていませんでした。

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それから、1週間後、賛成多数で議員報酬増案が市議会で可決。反対したのは共産党議員をはじめとしたごく一部のみ。世間の関心も、回転寿司屋やリゾートホテルで都政に関する会議を行った帝都の知事の辞職問題に移っており、多くのケンミンは割り切りない思いを抱いたまま。

そんな中、同紙は政治部長の署名入りの論説を一面に掲載。

これは、単なる最後の「一矢」だったのか、それとも反撃の狼煙(のろし)だったのか。

しかし、この後イギリスのEU離脱関連のニュースが巷を席巻、多くの富山ケンミンもこの話題を忘れかけていたその時、

同紙は、社会部、政治部、高岡支部の記者3人よる「民意と歩む」と題したキャンペーン記事を展開、
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議員報酬問題を中心にケンミンの関心事を記事で解説。ちなみに、富山市議会の記事なのに、なぜお隣の高岡支部の記者かというと、この方、かつて「高校生の未履修問題」を全国紙に先駆けてすっぱ抜いた敏腕記者らしいです。あの時は、高岡市の県立の進学校が記事上がっていましたっけ。

なるほど、政治部長の論説は、反撃の狼煙だったわけですね。

さらに、同紙は「二の矢」を放ちました。

社会部の別の記者が、富山県議会議員の出納記録を調査。

その中で、ある県議の、政治とは凡そ関係がない昆虫や鉄道に関する1冊3万円以上もする高額な書籍を何十冊も購入している領収書を発見。

この領収書発見から、裏付けの取材に至るまでの経緯は非常に手に汗握る展開となっていて、是非、当該の文藝春秋の記事を読んで頂きたいと思います。

そして、
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7月13日、富山県内の政務活動費不正受給に関する辞職議員の第一号となる矢後県議の記事が一面に掲載。

この日、陛下の「生前退位」の御意志が明らかとなったため、翌14日の紙面では一面ではなく三面に、
「民意と歩む」チームの後追い記事が掲載。

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この後、7月はポケモンGO、8月はリオオリンピックと、同紙の議会問題の追求記事は鳴りを潜めたかに思えましたが、

あの「民意と歩む」チームが、この間、密かに今度は、富山市議会議員の全出納記録を調査し始めていたのです。

ある日「民意と歩む」チームは、ある市議会議員の政務活動報告会とその配布物の印刷費に関する領収書に不自然な部分を発見します。

その市議会議員とは、誰あろう二ヶ月前に同紙が取材妨害を受けた中川市議。

8月19日、この日は、在富のマスコミにとってターニングポイントとなった日でした。

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同紙はこの日、前日早朝に金メダルを獲得した登坂選手の見開き二面記事を特別面として、一面の上に重ねた上で発行、ケンミンの度肝をぬきます。

そんな中、同紙記者は、中川市議の政務活動報告会未実施のウラはとってあったので、不自然な印刷費の領収書を発行した印刷会社を取材。翌日の一面トップのスクープを狙っていたのかもしれません。

しかし、この印刷会社の担当者は、「この領収書は確かにうちのもので、印刷も実際に行った。」と証言、先述の矢後県議と同様「架空の領収書」だと確信していた同紙記者は肩透かしをくらいましたが、
これには理由がありました。

なんと、北日本新聞社が取材を始めていた頃、同じ富山のJNN系テレビ局が中川市議の領収書の情報公開を請求、それを市議会事務局が中川市議にリーク。事を隠蔽したい中川市議は、印刷会社に口裏合わせを依頼したというのが真相です。

事務局のモラルが問われる事態でした。

それでも、そのJNN系テレビ局はこの日の夕方のニュースでスクープとして中川市議の疑惑を報道、ケンミンに二ヶ月ぶりに中川市議の名前が伝えられます。(あっ、あの中川さんだ!)

この報道により、安住町と奥田新町だけではなく、根塚町と牛島町まで加わった県内マスコミの報道合戦の火蓋が切られました。
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翌、20日、同紙も社会面に中川市議の疑惑を掲載。1面掲載とならなかったのは下の記事からもわかるように、まだリオオリンピックの開催期間だったからかもしれません。

ところが、各社一斉に中川市議の疑惑を報じた20日、
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中川市議が、まさかの行方不明に。幸い大事には至らず発見されましたが、相当精神的に追い込まれていたのかもしれません。

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結局、疑惑報道から一週間後の27日に、中川市議は辞職を表明しました。