富山の名峰剣岳の入り口の一つである富山県上市町の馬場島(ばんばじま)には、多くの石碑が立っています。もちろん「記念碑」などではなく、過去数十年以上にわたって剣岳を目指して命を落とした山屋さんに対しての鎮魂のための証としての石碑です。

かように、自然を前にしては人間の所業など儚いものだということがわかる一例ですが、だからこそ我々人間は手と手を取り合い自然に対峙していくしか方がないと悟ることになります。

例えば、富山の大雪。除雪(富山では、「雪をすかす」と言います。)作業は到底1人ではできません。大雪という自然に対峙するため、近所や地域の人が手と手をとりあって除雪という作業に協同で取り組みます。当然ながら、そこには反目や対立などという概念は入り込む余地はありません。そんな概念が発生した瞬間、自らが大雪という自然の犠牲者になることが明らかだからです。

これは、降雪量が多い地域ほどそんな傾向があり、富山県の五箇山はその最たる例です。地域の住民の団結は除雪という作業を越え、協同で各家の屋根の藁を葺くことはもちろん、ついには昔ながらの景観をみんなで守るという行動にまで至りました。

そんな地域の協同作業を富山では「人足」(にんそく)と呼んでいますが、そんな人足が終わった後、地域の公民館や寄合所にはささやかな宴の準備がされています。多くは、地元有志から供された等級外の地酒と「旬の魚」と言えば聞こえは良いが、要するにその時期に大漁となった最も安い魚。多くは、小振りのホタルイカだったり、冬なら寒ブリの一歩手前のフクラギだったり。

いずれにせよ、心地よい人足のあとで味わう至福時間。ちっぽけなイデオロギーにこだわるより数万倍、幸せな時間が過ごせます。

イデオロギーの違いにより拳をあげることは簡単だけど、その先には何もない。

そんな体力があるなら、まず冬の富山に来て雪をすかせばいい。そして、安いけど美味い水で作った酒と、富山湾の幸を楽しめばいい。

ミシュラン富山・石川版は是非フランス語版も発売して、富山までの「かがやき」(Shining Express)の時刻表も掲載して、フランス語圏の方々にも読んで頂きたいですね。

無駄な殺生をこれ以上増やさないためにも。